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特集インタビュー

“人と人が交わる交差点のような場所”にしたい。東急がいま青葉台に「SPRAS」をつくった理由

東急株式会社 久住 真紀子さん、中村 昂喜さん、田中 翔太さん

1966年に開業した東急田園都市線の青葉台駅。駅の開業とともに東急株式会社が主体となって駅周辺を整備し、区画整理や宅地開発をおこない、現在の青葉台の街ができあがりました。

東急株式会社が最初に多摩田園都市の区画整理を手掛けてから約60年が経ち、青葉台では新たな街づくりが始動しています。青葉台郵便局の空きスペースを利用してつくられた「SPRAS青葉台」もその一環です。

青葉台の街づくりに関わっている東急株式会社沿線開発事業部の久住真紀子さん、中村昂喜さん、田中翔太さんにお話をうかがいました。

 

二度目の都市整備を迎えた田園都市線沿線

――まずは、東急田園都市線沿線の開発の歴史について教えていただけますか。

久住さん:約60年前、人口が都内で増えてきたことを契機に多摩田園都市では区画整理や宅地開発とともに鉄道の整備をおこない、駅の周辺や住宅地に生活するために必要な商業施設などをつくってきました。

現在は区画整理もほぼ終わり、年数も経過するなかで、田園都市線の各駅周辺エリアは時代に合わせて更新を進めてきました。例えば、最近では南町田の再整備も終えたばかりですが、鷺沼、藤が丘でも駅周辺において再開発等が検討されております。青葉台も他のエリアと同様に、次の街づくりに向けた再整備を検討していかなければならない段階にきています。

中村さん: 田園都市線沿線は、もともと山林や畑、田んぼと言ったところが多いのですが、地権者の方々と共に我々が一緒にそれらの土地を活用し、沿線価値を高めてきたという経緯があります。

久住さん:ただし、都市開発することだけが当社の仕事ではありません。住民の皆さんの生活の利便性を上げるために商業施設だけでなく、例えばデイサービスや子育て支援施設を整備するなど、その時代に応じて必要なものも率先して提供しています。

田中さん:地域に住まわれている方々がどうすればより豊かな暮らしができるかを考えて、鉄道と不動産、生活サービスをトータルコーディネートできるのが当社の強みですね。

 

コロナを機に、田園都市での暮らし方に変化が

沿線開発事業部の田中翔太さん

――青葉台エリアにおいて、これまではどのようなことに取り組んでこられたのでしょうか。

田中さん:まず東急のDNAとしては、多摩田園都市を地元地権者と共に作り上げてきたように、地元と協力して街づくりを行う点が挙げられます。ここ青葉台エリアにおいては、地元の要望からフィリアホールをつくり、そこでコンサート等が行われることにより、街の文化を醸成してきました。

我々は区画整理で面を広げ切ったところに種をちゃんと植えなければなりません。様々な文化が芽吹き始めている地域がある中で、青葉台では次はどんな種を植えるべきかを模索しているところですね。

――地元の方々の声に耳を傾ける中で、どんなニーズや要望が多いのでしょうか。

久住さん:ここ最近は、住民が集まれるような広場がないと聞きますね。あとは図書館がほしいという声もあります。特に青葉台エリアは知的好奇心が旺盛な方が多いので、こういった要望が強くなっているように思います。

――特に田中さんは、横浜あおば小麦プロジェクトをはじめ、この地域の方ともより深く関わっているとお聞きしました。

田中さん:僕自身、青葉区に住んでいます。やっぱり自分の住む街は楽しい場所であってほしいという思いがあります。家でも職場でもない居場所や繋がりが欲しいんですよね。

そういう場所や繋がりが欲しかったから、地域のお店の方々や商店会の人たちと付き合うようになって、どんどん人とのつながりが広がっていったんです。商店会のイベントにも参加していて、もう仕事とプライベートの垣根が分からないぐらいですね(笑)

――確かに、青葉台に住んでいる方もそういうつながりを求めている方が多い印象を受けます。

田中さん:一方で、特にバス圏に住んでいると、電車で降りてすぐにバスに乗っちゃうので駅前に何があるか知らない人が結構多いと聞いております。バスを使っている人からするとは駅は自分の家をつなぐものでしかなくて、周辺がどんなエリアなのかを気にしない人がほとんど。地域の中に自分の居場所を求める人はそこまで多くないと思います。ただ、コロナ禍でテレワークが浸透したことで、その傾向も変わってきていますよね。

中村さん:テレワークになると自宅周辺で過ごす時間が長くなるので、自分が住んでいる街がどういうエリアかということが重要になってきますからね。

田中さん:これからは自転車で15分くらいのエリアが生活圏になっていくんじゃないかな、と思っています。そうやって改めてこの街を見つめたときに、「この街には一体何があるんだろう?」と思い始める方々が増えるのではないでしょうか。今までの都心に通勤するというライフスタイルからすると、大きな転換期にきていると思います。

久住さん:正直、コロナによって電車の利用率は大幅に減りました。当社のような鉄道会社も、「どうしたら住民の皆さんの暮らしがより豊かになるか」を考える方向に一層シフトするときが来ていると思います。

以前は都心に通勤・通学する人がほとんどでしたので、電車の便数を増やすことに注力してきましたが、電車利用の優先順位が下がるのなら街づくりのほうが重要になってくるのかもしれません。

青葉台に足りなかった「働く」という要素

――青葉台の街づくりの一環としてSPRASを立ち上げたとうかがいましたが、ここに至ったのはどういった経緯があったんでしょうか。

久住さん:SPRASの構想自体は2018年からスタートしています。街として成熟している青葉台エリアに新しい豊かさを提供するとしたら、何の要素が必要なのかとずっと考えていました。その中で「働く」という要素がこれから大事になってくるのではないかと思ったんです。

――どうして「働く」という要素が大事だと考えられたのでしょうか。

田中さん:自分を例にしてお話すると、週7日のうち5日は働きに出ていて、1日8時間とすれば40時間になります。通勤時間をプラスしたら、平日は子どもとほぼ会えない生活です。でも、僕が思い描いていた田園都市の生活はこんな暮らし方ではなかったんです。

でも、例えば、家の近くに週1〜2日でもSPRASのような働ける場所があって、今までよりも家族との時間が持てるなら、自分がイメージしていた暮らし方にも近くなるし、生活の質は上がるだろうなって思ったんですよね。

久住さん:鉄道会社としては、混雑緩和の狙いもありました。多様な働き方が出来る環境がある事で選択肢が増え、オフピーク通勤などにもつなげることが出来ます。

あと、青葉台駅周辺に地域住民が交流する場所がなかったので、そういった場をつくりたいと思っていました。青葉台郵便局に活用の可能性があるスペースがあることも知っていたので、横浜市さんとJPさんに相談して、SPRASが誕生したのです。

 

SPRASは「さまざまなコミュニティの交差点」になってほしい

沿線開発事業部の中村昂喜さん

――SPRASに対して、これからどういったことを期待されていますか?

中村さん:青葉台エリアって、商店街があって、大学もあって住んでいる人も多い。でもそれぞれのコミュニティの人が顔を合わせる機会ってそんなにないんですよね。だからこそ、SPRASはそういった異なったコミュニティの方をつなげる場でありたい、と思っています。

また、SPRASは地域交流拠点ですが、利用が有料というのも実は大きなポイントです。一般的に地域交流を目的とした施設は無料で利用できると思われがちですが、我々は経済的な持続可能性を達成することを目指しており、ここでの利益は地域に還元することにしています。そのサイクルをつくることも大事にしているのです。

久住さん:青葉台エリアは年配の方には人気な街なのですが、若い人を呼び込み次の世代に引き継いでいかないと街は廃れてしまいます。そのためには、若い人にも伝わるような街の魅力をちゃんと打ち出していかなければならないと思うんです。

ですので、こういう拠点で、青葉台で頑張っている方同士がつながって、ここから情報発信していく事が出来れば、「青葉台って面白い街だな」「住んでみたいな街だな」と注目してもらうようになるのではないかと思っています。

田中さん:僕らもSPRASで何が生まれるんだろう、どんな人に使ってもらえるんだろうかってすごく楽しみにしていますね。人と人が交わる交差点のような場になってほしいです。

久住さん:青葉台周辺の住んでいる学生さんたちにも興味を持ってもらいたいですね。学生は就職すると地元から出ていってしまいますが、青葉台で地縁をつくってもらえば「また戻ってきたい」と思ってもらえるのではないかと思うんです。SPRASを通して、若い学生さんにも地元とのつながりを築いていただきたいですね。

 

青葉台エリアで生まれる“芽”を育てていきたい

――最後に、これから青葉台とどう関わっていきたいか、展望といったものをお聞かせいただけますか。

田中さん: SPRASは「芽生え」という意味があります。我々が新しく何かをつくって提供するよりも、SPRASやこのエリアから出てくる新しい芽となる文化をともに作り、育てていく事が大事だと思っています。

中村さん: 今までの不動産開発のあり方だといわゆる“箱物”をつくることが優先でしたが、これからはまず文化を根づかせること、そして根づくように土壌をちゃんと耕すことがすごく大事です。SPRASを通じて新しい文化が根づくよう、我々もこの地域の土壌を耕し続けることが必要だと感じています。

久住さん:開発から50年以上が経過した青葉台は、「次の50年間どうするか」を考える時期に来ていると思うんです。街の人たちが生き生きと暮らせる楽しい街だと言えるためにも、これからも住民の皆さんのニーズを吸い上げてサポートしていきたいですね。

 

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青葉台はすでに“成熟した街”だと思う人は多いかもしれません。だからこそ、これから先どのように成長を促していくのかは難しいところ。しかし、きっと根気よく耕した土壌には青々とした素晴らしい芽吹きがあるはずです。

「街の人たちと、一緒により良い街にしたい」。この街で半世紀以上住民に寄り添ってきた東急だからこその思いが伝わるインタビューでした。