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ローカルインタビュー

僕の夢を叶えてくれた青葉台は奇跡の街

『BakeryCafe COPPET』 奥山誠さん

「青葉台は僕のパン屋さんになりたいという夢を叶えてくれた街なんですよ」

時折、茶目っけを交えて話してくれたのは、青葉台駅から徒歩10分の桜台交差点角にあるBakeryCafe COPPETのオーナー奥山誠さんです。

16歳からCOPPET一筋で叶えたパン屋のやさしいおじさんになるという夢

BakeryCafe COPPETは1985年にオープンした、青葉台では老舗のパン屋さん。奥山さんは2代目のオーナーですが、初代とは親子でも親戚でもありません。

「進路を考えていたころ、パンを食べて『パン屋さんっていいじゃん』と思ったんですよ。そのとき食べていたのがCOPPETのパンでした」

COPPETのパンと運命の出会いを果たした16歳の奥山さんは、日曜日だけ製造の仕事をさせて欲しいと掛け合って、アルバイトとして採用されることになります。高校生のときは毎週日曜日、当時住んでいたJR横浜線鴨居駅から始発電車に乗ってCOPPETに通いました。

その後専門学校で製パンを学び、COPPETに就職。COPPET一筋で働いて20年ほど経ったころ「引退するけど、お店やる?」という先代の言葉を受けて、奥山さんは店を引き継ぎました。

「職人になって最初の3年間ぐらいは、なぜこの道を選んだのかなと思ったこともありましたよ。職人の世界は厳しいし、パン屋は朝が早くて肉体労働ですからね。でも厨房の窓から常連さんが出勤する姿を見たり、他の人の話を聞いたりすると、大変なのは自分だけじゃないと分かりました」

COPPETのおすすめはクリームたっぷりの「COPPETのクリームパン」

たくさんのパンが並ぶCOPPETですが、一番のおすすめは「自家製のクリームがたっぷり入ったクリームパン」と奥山さん。実は奥山さんの大好物なのだそう。

「一般的なクリームパンはどうして少ししかクリームが入っていないんだろうと思っていたから、自分が作るならパン生地よりクリームが多いクリームパンにしようと思っていました」

そして、パン屋さんになろうと思ったとき、奥山さんがイメージしたのは、アニメや絵本に登場するやさしいパン屋のおじさんでした。COPPETにもオリジナルキャラクターの”コペニョン”がいます。コペニョンが登場するスタッフ手作りの絵本もあって、小さい子どもたちに大人気です。

「赤ちゃんのときから来てくれたお子さんが、思春期になって顔を見せなくなって、20歳になってからまた来てくれるようになったりもします。お子さんと手を繋いで来ていた方が、今度はお孫さんと一緒に来てくれたりね。青葉台の人たちの成長や人生の移り変わりを見る機会も多いです」

夢を叶えてくれた街への恩返し

おもしろくてやさしいパン屋さんのおじさんとして街を見守ってきた奥山さんにとって、大きな転換点になったのは2011年3月に起きた東日本大震災でした。

青葉台には直接的な被害はなかったものの、スーパーから食品がなくなり、街も自粛ムード一色。パンを焼くのに必要な小麦粉の供給が不安定になり、計画停電もあり、焼いたパンが早々になくなってしまうなど、COPPETも大きな影響を受けます。同時に近所の人たちが不安そうな表情で職場に通う姿が奥山さんは気がかりでした。「盛り上げなければ!」と奥山さんは行動を始めます。

「東北も応援したいけれど、応援するためにはまず青葉台を元気にしなくちゃと思って、批判を覚悟でその年の6月ごろに9人でFacebookにビールを飲んでいる写真をポストしました。それからしばらくして、せっかくだから顔を見て交流しようという話になったのが『青葉台Face to Face(通称AFF)』の始まりです」

青葉台Face to Face(AFF)は東日本大震災以後、2020年に新型コロナウイルス感染の影響が出るまで、年に5回も開催された青葉台の異業種交流会です。最初はたった9人で始まったAFFは、口コミが広がり、青葉台で店や事業をしている人だけでなく、会社員として都心に通う人たちも参加するようになりました。

2019年には約100人が参加する大きなイベントになり、AFFで顔を合わせて意気投合した人たちがバーベキューイベントをしたり、酒屋さんとイタリア料理店のコラボ企画が誕生したり、さらには結婚に至ったカップルが2組もいるのだとか! 排他的なところがないため新しく入った人にも好評でした。参加者がCOPPETにパンを買いに来て、奥山さんと二言三言会話を交わしていくようなことも頻繁に起こったそうです。

「サラリーマンの参加者が、青葉台は家と会社の通過点でしかなかったのが、AFFに参加したこと知り合いができて、街を好きになったと言ってくれたのは象徴的でした」

東日本大震災以降は青葉台駅周辺にとどまらず、青葉区全体の商店街のつながりが増えて、いろんなプロジェクトが広まったと奥山さんは言います。

「東日本大震災は、個人経営のお店が単独ではやっていけないと根底からビビらされる体験だったと思います。一般的には隣り合った商店街同士が仲良くないこともあるようですが、青葉区の商店街は奇跡レベルで一緒にいろんなことをやっているんですよ。各会長や副会長がノリのいい人ばかりで、『こんなのどう?』と話すと、『おもしろそうだからやっちゃおう』と話がどんどん進んで行きますね」

現在奥山さんが力を入れているのが、「横浜あおば小麦プロジェクト」。あおば小麦とは青葉区内にある社会福祉法人グリーンで栽培している無農薬小麦のことです。奥山さんはパンを作るために関わってきたこの小麦を、他の飲食店に一緒に使いませんか?と持ちかけました。すると、うどん屋さんはうどん、ピザ屋さんはピザ生地、焼き鳥店では唐揚げの衣にと、いろんなお店が少しずつあおば小麦を使うようになって、街の人にも認識されていきました。

そして2020年に始まったのが地ビール作りです。「Angel with Blue Wings~青い羽の天使たち~(通称:あおば小麦ビール)」と名付けられたビールは2020年の第1回醸造分が青葉区内の飲食店で提供され、2021年も2年目のビールが作られている最中です。このビールを売るために、奥山さんは取得が大変だと言われる酒販免許まで取ってしまいました。

奥山さんの地域を盛り上げる活動は多方面に渡り、これまでにCOPPETのカフェスペースで落語会を開いたり、商店街に複数のミュージシャンを呼んで、ゲリラ的に演奏を披露した「青葉台BGMプロジェクト」も開催。今後は青葉区に伝わる郷土うどんのプロデュースや、子どもたちが喜ぶようにお店の前にパントマイマーを呼びたいなど、さまざまなプランや夢を話してくれました。

今や、さまざまなイベントやプロジェクトを仕掛けている奥山さん。若い頃からリーダーシップをとるようなタイプではなかったと言いますが、変わったきっかけはあったのでしょうか?

「青葉台の人たちのノリのよさのおかげ。それも奇跡だと思います」

そう語る奥山さんは、SPRASにも「街を一緒に盛り上げてもらいたい」と期待してくれています。

「地域の交流会を開いて、周辺の飲食店から料理をケータリングしてもらえば、地域内でお金が回るし、朝活なんかもいいんじゃない?」

次々とアイデアを口にする奥山さん。SPRASも楽しいイベントを企画実行しながら、青葉台の仲間とのつながりを盛り上げていきます。